ちいさな世界 第1話
はじめての世界 〜 僕
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その窪地は山々に囲まれていて、
そこからの出入り口として、
とても、1本の大きな上り坂があるだけだった。
僕は、その向こうへ行くことはできないんだろうな。
物心ついたばかりの僕の、多分最初の記憶。
アパートが4棟、その奥には申し訳程度にブランコやシーソーがあって、
アパートの横には質素な一軒家が、4軒ほどあったろうか。
そのうちの一軒には鯉が泳ぐ池があった。
そんな住宅エリアから坂道からのびる道路を挟んで、
その奥には小さな売店があって、さらにその後ろには「少年刑務所」があった。
先にアパートと呼んだそれは「刑務所官舎」と呼ばれるもので
僕はそこで暮らしていた。
父の車やタクシーに乗せてもらうことで、
「そこから出る」ことはあったが
小さな僕が成長して大人になれるということを、
まだ自覚できていなかった。
窪地にある、その世界が、僕の日常の全てで、
そこから自力で外の世界に行くことは不可能だった。
きっとその坂に果てはなく、僕の一生はこの中で終わるんだ。
そう、思っていた。
たしか20代の頃だったと思う。
その窪地へ行ってみた。
多分15年ぶりとか。そのくらいだったと思う。
鯉が泳いでいた池はそこにあったが、そこに水は入っていなかった。
それ以外、は、何も変わった様子はなかったと思う。
しかし、「大きな坂」と思っていたそれは、
ほんの数分歩くことで景色が開けた。
それは坂を降りて窪地に向かう際に、もうわかっていたことだったけど。
改めてその坂を登り直してみたそのとき、
「ああ、こんなものだったんだ」と、思い直したのだった。
物心ついたばかりの僕は、
そんな自分に与えられた「はじめての世界」をどう感じていたのだろうか。
やはり「狭い」と思っていたんだと思う。